読み・聴き・書きクケコ

本と音楽の雑記帳

「時代小説の楽しみ五 江戸市井図絵」(新潮社 1990)

けっこう古い全7巻のアンソロジー。18人の短編からつまみ食いのように選んで読んだ。

柴田錬三郎「江戸っ子由来」は、晩年の大久保彦左衛門が町人たちに語った話が元になって〈徳川譜代の町人、江戸っ子〉という呼び名が生まれたという物語。江戸という新しい町に物語が生まれる…スカッとする。

藤沢周平「父’ちゃん)と呼べ」。子どもが去っていった老夫婦の元に授かりもののように子どもがやってきたつかの間の幸せが二重に逃げていく…タイトルの言葉が心に染み入る。

村上元三「雨叩き善八」。現代風にいうなら、貧困・虐待の連鎖を背負った男の物語なのかもしれないが、善八の境遇とは正反対の若旦那とその両親を対立軸にして、終わり良しのしみじみとした作品にしている。

平岩弓枝「ちっちゃなかみさん」。しっかり者の娘が惚れた若者が養っている幼子姉弟家族を軸に、娘の幸せと幼い姉弟の行く末を老後の希望にする両親の物語。情愛に満ち、温かな気持ちになれる。

他、澤田ふじ子「冬の虹」、山本周五郎「こんち午の日」、北原亞以子「たかが六里」、池波正太郎「金太郎蕎麦」、小松重男「代金百枚」、早乙女貢「寒の入り」を読む。テーマがあるアンソロジーは、普段は手にしない作家の作品を読む機会になるので楽しい。時代小説は、現代の物語にすると〈物語の背景や条件〉そのものが描きづらいので、そうした状況下での人情や危うさ、儚さが伝わってくる。

「時代小説の楽しみ五 江戸市井図絵」