読み・聴き・書きクケコ

本と音楽の雑記帳

まはら三桃「たまごを持つように」(講談社 2009)

〈あとがき〉にある「弓道が真ん中にある女子中学生のお話です。書き終えて、今すがすがしい気分です。」がまさしくそのまんま。読み手も同じように清々しさを味わっています。

余計なサイドストーリーがなく、4人の中学生が弓道を通して丸ごと自分を知る青春物語。

優秀ではあるけれど自分の才能の限界が分かり、かつ他の何かにも挑戦してみたい由佳。弓は武器ではなく、自分の心と向き合うための道具だと、世界中の人に伝えたいと思う春。弓道の神様に呼ばれたと言われながら、その才能と体のバランスが崩れ、長期のスランプから立ち直る実良。そして、主人公・早弥の言葉「自分は一度にたくさん進めない。以前はそれがいやだった。なんでも器用にこなす春や、特別な才能を持っている実良のことが、うらやましくてたまらなかった。彼らの姿は、できない自分を映す鏡…二年半、不器用に弓道を続けて…一歩一歩しか歩けないのなら、長い間歩いていけばいいのだろう…人が歩みをやめてしまっても歩いていけばいいし、やめてしまても、ひたすら続けていけばいい」は、読み手に届きます。

文中、由佳や実良、春の心の声に触れる場面がさらりと語られ、4人の個性や抱え持つ気持ちが自然と入ってきます。

弓道の所作や動き、静けさの中での張り詰めた空気や音、弓道の奥深さとその世界で成長していく4人の姿が限りなく美しい。

ライバルとなる少女たちや顧問の強雨・指導者の描き方や言葉も物語にかけがえのない役割を果たしています。

タイトルと表紙の絵を、読み終えてから見直すとなるほどと納得。

「たまごを持つように」

 

越智章仁 CD「海のように」「マイフレンド」

かしわ哲「あったかさん」の中で、著者がピアニスト・越智章仁さんとの出会いをかなりのページを割いて割いています。

そういえばと思い出し、図書館から「海のように」(1997)と「マイフレンド」(2000)の2枚を借りてきた。聴くのは、20年以上ぶり。

当時はダウン症の青年が奏でるピアノという気構えがあったと思うけれど、年を経てすんなりと聴くことができた。

レコーディングの完璧さよりも心のおもむきをそのまま記録したという曲の数々が流れ込んでくるイメージ。年を取って自律神経が故障気味になっている身には、リラックスできるアーティスト。

1冊の本が、サルサ・ガムテープから越智章仁さんへとつながり、再び聴くことができてうれしい。

「海のように」CDジャケット裏

「マイフレンド」CDジャケット裏



なぎら健壱「アロハで酒場へ」(双葉社 2022)

気楽に読め、70歳でも気ままさを味わえることを教えてくれる。

酒場が好きで、趣味で遊ぶ人にはピッタリ。

第2章「日常を忘れる…趣味について」の中で、昔テレビで放映していたアメリカのテレビドラマ「グリーンホーネット」に出ていたカトーが、ブルース・リーだったことと庶民文化研究所所長の町田忍さんに関するコレクションの細かさについて書いてる箇所がお気に入り。

「アロハで酒場へ」

 

堀直子「わたしたちの歌をうたって」(文研出版 2022)

短歌をテーマにしているようなので手を出した作品。

実際は、子どもが抱えている問題や辛さをどう理解するか…とりわけやっかいな家族との関わりがカギになっていた。

母親が再婚し、父親となった人との距離や赤ちゃんが生まれて疎外されていると感じる女の子と認知症のおばあちゃんと仲よしで、両親から別々の評価を与えられ、手前勝手な姉の分も家事をするはめになっている主人公の女の子がお互いを知ることで自分自身の揺れを軌道修正して物語…かな。

タイトルとテーマは最後の場面でキラキラと輝く仕組み。文中、「短歌っていうのは…心の動きのほうに重点をいくっていうか、自分がおかれた状況とか感情を、ていねいによみこんでいう…ストーリー」という言葉があり、小学生に響く言葉。

それと、家族が押しかかってくる重圧は、見かけでは判らないし、軽い・重いも本人にとってどうなのかなので…やっかい。

「わたしたちの歌をうたって」

 

湯本香樹実・文 酒井駒子・絵「橋の上で」(河出書房新社 2022)

とってもイヤなことがあって、橋の上から川を見ている少年のざわつく気持ちが短い文からピリリと感じられます。

イヤなことから逃れるためにひょいと飛び越えてしまいそうになる危うい心を静めるためには、そんな気持ちを知り生き延びたおとなの存在が必要なのかも。

この絵本では雪柄のセーターを着たおじさんがその役で、〈君だけのみずうみ〉の存在をぼくに語ります。

この〈君だけのみずうみ〉はおとなになったぼくにとって、その後も気持ちがふさいで眠れない夜には灯のように心を落ち着かせてくれます。

酒井駒子さん独特の絵、色づかいの変化も含めてが少年の気持ちを細やかに表しています。家に戻ったとき、湖のまわりの水辺のシーンは特にそう。

子どもが危ういところから抜け出すためには、きっかけと気持ちを持続させる何かが必要で、それは目配りできる誰かが必要…。

「橋の上で」

 

新井素子「この橋をわたって」(新潮文庫 2022)

2019年に作家生活40周年を記念して出版した単行本の文庫版。

いろいろなパターンの短編とショートショートをまとめた作品集。

古くからの新井素子ファンではなくても、読んでふわっと心地良くなる物語が複数はあると思う。

個人的には、「橋を、架ける」(句読点に物語の意気込みがある)、「黒猫ナイトの冒険}(冒険は自分が決めること)、「碁盤事件」(自分の存在って?)、「なごみちゃんの大晦日」(祟らない土地神様と少女の心持ち)がおもしろかった。「なごみちゃんの大晦日」はYAの定番にもできそう。

〈文庫版あとがき〉で、資料を探しに図書館へ行った時、探していた資料がその図書館にはなく、他の図書館から提供してもらい借りることができたことに「凄いわ、図書館」と書いています。当たり前だと思っている「相互貸借」や「資料の回送」が実はスゴいことなんだと気づかされた一文。

「この橋をわたって」

 

まはら三桃「無限の中心で」(講談社 2020)

まはら三桃は好きな児童文学者の一人。「材料」を駆使して読ませる物語を作るのがうまいなと思っています。今作では「数学」が物語の材料で、主人公・高2の女の子/とわが抱えるいとこの澗(かん)への消しがたい感情と数学を生涯に捧げる少年たちの心根が物語を支えています。

数学研究部の個性的な3人の部員と顧問の女性教諭は、数学のおもしろさを知らせるための大切なピース。そして澗はコミュニケーションや学習障害がありつつ独学で数学を極めていく、とわと対をなすもう一人の主人公。

毎週水曜日に数学研究部が数学の問題を黒板に書いておくと、木曜日の朝には独特の考え方で解答が書いてあるという7ミステリー時立てで始まる物語は、とわが作中にもう一つの物語(児童文学が好きな人ならきっと楽しめる)を作り出していくという理系と文系がうまくミックスし、好奇心をくすぐる仕掛けになっていて一気に読めるおもしろさがあります。

物語の最後は、とわが避けていた澗との距離が縮まり、澗がまさしく数学者なんだと気づかせてくれるステキな瞬間が待っています。とわが創り出した物語の終わりも、とわの気持ちがこもった幸福感に満ちています。

「無限の中心で」